霧島の日記(完結)

書く理由がなくなったので完結しました

2017.3.21

火曜日。雨。

 

朝からしとしとと雨が降っていてとても良かった。雨の日は人が静かだ。陽が出ない分、意識がぼんやりとするのだろう。人間の意識や気分は物理的な環境に影響されるものだ。気の持ちようなどといって、意識一つで気分をコントロールできると考えるのはおこがましい。雨が降ると、そんなことを思う。

 

労働。可もなく不可もなく。何事もない平和で退屈な時間。ただ、同僚の仕事っぷりが少し気になる。能力的な信頼性に疑義が生じている。だが、これは僕がどうこうできる問題ではない。使用者や管理職の問題だ。

こういう困った事態に陥った時、自分が管理職なら何ができるだろうと思うが、特に改革もせず、問題放置、現状維持という堕落に至りそうだ。つらい。能力に問題のある人を上手く操縦することほど難しいことはないだろう。

 

買い物をして帰る。日用品。普通の日常。面白いことは何もなし。平和。退屈。

 

映画の続きを観る。そんなに面白くなかった。マネーモンスターという作品だったけど、別に内容は詳しく書かなくてもいいか。テンポ感やクライマックスの配置、伏線の強さが足りなかった。シナリオは非常に単純であり(悪い意味で)、洗練不足を感じる。個人的には外れだったけど、そういう鑑賞体験も経験のうちと思えれば前向きになれるかもしれない。しかし、だからといってつまらない作品を進んで観たいわけではない。つまらない作品を観ていつも思うのは、これがデートじゃなくてよかった、ということ。だけど、駄作を観るデートもそれはそれで味わいだと思う。

 

アマゾンプライムでも作品漁り。僕はプライム会員だけど、プライムビデオはあまり利用していない。だけど、わざわざDVDを借りてくるより、プライムで観られるものはプライムで観た方が賢い。というわけで漁ってみた。

あれこれ漁っているうちに、プライムビデオで推されまくっているドキュメンタルというお笑い番組に行き当たった。それを観始めたら、つい最後まで観てしまった。挑戦的で実験的な内容(笑ってはいけないをより尖らせた感じ)で、賛否が激しく分かれている。個人的にも、いいところとだめなところがそれぞれあると感じた。お笑いのリアルに関心のある人には学びがあるかもしれないけど、単純に楽しみ、消費したいと思う人には厳しい感じ。しかし、教訓や含蓄は多いと思うし、そういう意味で実験をした意義は認められると思う。ただ、二度観るかと言われると、ちょっと。

 

何か微妙な余暇の過ごし方。明日はもっと計画的に過ごしたい。

2017.3.20

月曜日。祝日。

 

疲れを感じつつ10時半ごろ起床。朝すっきり目覚めるという経験は中学生くらいの時からない。

 

友人と遊びに出かけた。昼はうなぎを食べに行った。別な友人から教わった店で、間違いないクオリティ。美味い物を食べるのは、生きるためではない。良く生きるためだ。

 

夕方は焚き火。今時はどこでも火を焚くと問題になることが多いが、管理された安全な緑地でやったので問題なし。潔癖な社会ではあるが、これは仕方ない。

ホームセンターで買ってきた薪と落ち葉と新聞紙。ただ燃えるのを眺めるだけ。落ち葉を新聞紙で包み、焚き付けに使う。火が薪に移れば安定して燃え続ける。後は火を絶やさぬよう薪をくべ続ける。2時間ほどで終わった。だんだんと日が暮れて辺りが暗くなると、火の存在感が増してくる。火が燃えて、薪が減っていくのを眺めているだけで、言葉では言い難い満足した気持ちになる。これは、焚き火をやってみないと分からない感覚だ。

 

友人がタロットに興味を持ち、スプレッドをやってほしいと言ってきた。こちらは大して精通しているわけではないから、それでもよければということで応じた。内容は仕事と恋愛について。他人についてリーディングを行うのは初めてだ。リーディングはいかに内面と向き合うかが重要なので、リーダーは質問者の内観を補助する。しかし、自分のことを読み解くのとは勝手が違い、内観が上手くいっているのか確認するのが難しい。とりあえず、事態がどのように進展していくのか見守ってみる。やはり、これは占いというよりはカウンセリングに近い。

 

この連休中、予想通りあの人からの連絡はなかった。次に会うのはいつになるのか。今は彼女を待っているが、時が来ればこちらから攻めていき、強引にでも落とさなければならない、という気持ちになってきている。彼女の優柔不断さは意外なほどだが、であれば必要なのは押しだろう。自力が通用するというのは待つだけより遥かにいい。

2017.3.19

日曜日。

 

9時ごろ目が覚めたけど、疲れが取れていない気がしたので、複数度寝。これをやるとはっきりとした夢を見る。だけど、夜にはもうだいぶ忘れている。

 

今日も特に予定がなかった。昼過ぎに起きて、起き抜けに楽器の練習。ぼんやりした気分でいても、楽器を触ると割と覚醒する。

 

昼食はまたペペロンチーノ。そろそろやめにしたい。

 

昨日借りてきたスーサイド・スクワッドを観た。そんなに面白くはなかった。ただ、ダークヒーローを演じていたマーゴット・ロビーがきれいだったのが救い。目鼻立ちがはっきりしていて、凛々しい風貌で、知的な印象。割と好みというか、あの人に少し似ている。

 

曲の採譜。ソロも含めて。やりがいはあるけど、やっぱり疲れる。時間もかかる。それに、音を拾うだけならまだしも、それを記譜するのは難しい。特に譜割りが。単純な譜割りならともかく、やはりジャズ特有の微妙な揺れ、複雑な連符、シンコペーションなどが盛りだくさんで、正確に記譜することの難しさがある。おそらく、演奏している当人も正確には記譜できないだろう。感覚的に処理している部分は相当あると思う。とはいえ、強い負荷はいい訓練になる。コピーは自分の限界を超えるための修練である。

 

とまあ、こんな感じで休日を過ごし、意義はあるが風情のないインドアな生活。誰が褒めてくれるわけでもない。修練や自己刷新なんて、人の見えるところでやるものではない。ただ、こういう孤独な積み重ねが何かの役に立つと信じるのだ。自分を見失わないためにも。

2017.3.18

土曜日。

 

特に予定のない一日だったので、用事を済ませたり、気の向くまま過ごすなどした。

 

午前中には、借りていたお笑いDVDを観終えた。あまりお笑いという気分ではなかったのに、どういうわけか借りてきてしまったので、なかなか観るのが進まず、月曜から小分けにして観ていた。しかも、観たことのあるやつの総集編だったので、正直笑いもそこまで強いのは出なかった。退廃と停滞。

 

昼食は自作のペペロンチーノ。また美味いのが出来た。多分もう家庭での限界値を記録してしまったので、これ以上美味いペペロンチーノは作れない。そのうち、ミートソースやトマトソースを自分で仕込んで、もう少し凝ったパスタを作りたい。

料理は自分のためにやっているけど、誰かに食べさせたい気持ちもある。もちろん美味いものを。料理スキル、家事スキルの訴求力に対する強い信頼。

 

午後は、生命保険の見直し。正直、あれこれ保険に入りすぎていて無駄が多いと感じていたので、削れるものをみんな削るつもり。それに、生命保険料の所得税控除額が上限値に達しているので、自分の年の割に掛け金が大きすぎるのではないかと思う。保険脱退による差額は貯金に回す。今までがもったいなかった。

 

Filmarksの管理。IDを他のネットサービスのIDと共通のものにしていたので、あまり詮索されると、過去のSNSなど要らん情報と紐付けされるリスクがあり、アカウントを削除。そして新規開設。記録を付けた作品は手動で再現。なかなか時間がかかった。

別にネットで悪さをしているわけではないけど、ネットやSNSがリアルと結びついたときの面倒くささは半端ではないので、用心するものである。ネトスト、ルサンチマン、ジェラス。人間の心の闇は果てしない。

それに、映画好きの人とFilmarksを通じて気持ちよく交流したいので、身綺麗にしておいた方が間違いない。あの人(交際相手ではないけど、ただの他人でもない微妙な距離感の人)も大変な映画好きで、しかし、意外にもFilmarksを知らずにいたので、教えてあげた。多分そのうち始めるだろうし、始めたならお互いに今まで観てきた作品の情報交換はしたい。そういうわけでアカウントを綺麗にしておく必要があったのだ。

 

夜は泣ける映画を観た。明らかに泣かせにかかっている映画はあまり進んで観たいと思わないのだけど(悲しくなるし、つらいから)、あの人がきっかけで観る気になった。難病にかかった女の子がだんだん具合が悪くなっていって、最後には亡くなるという作品で、実話が元になっている。あの人のことをもっと知るには避けられない作品であるし、実際観たところ、あの人の気持ちのほんの一部でも窺い知ることができたような気がする。この辺りはセンシティブなところなので、たとえ誰もこれを読んでいなくとも、詳細には書けない。

そもそも、公開された日記には書けるものと書けないものがある。ぼんやりした書き方しかできないのも仕方ない。書けるのは、誰も損をしない、傷つかないことだけ。だけど肝心なことは、それよりもずっと深い、心の奥にある。

2017.3.17

金曜日。

 

労働。訪問仕事。ペアの人の会話術がまるで冴えなくて、寒々しい時間が多めに流れていた。寒々しいのは厳しいけど、その状況を含め、なんか面白いなと思った。テレビでも見ているような、他人事のような気分でそこにいたからだろう。

 

帰宅後は、楽曲の記譜。アレンジの込んだ曲でも、メロとコードだけ起こすと単純な楽譜になる。いわゆるリードシートというやつ。記譜は無料の楽譜ソフトでやっている。有料ソフトはお高いので。無料ソフトで十分だ。

仕上がった楽譜を相方と共有するのにdropboxを使ったけど、偶然このタイミングで通信障害が発生していて、データを渡すまでにちょっと苦労した。こういう便利なサービスに頼っていると、障害が起きた時にとても不便に感じる。とはいえ、無料ユーザーだから文句もなし。

 

ペルソナ5をプレイ。2週目の大詰め。全コープMAXはどうやら達成できそうだ。9人の女性キャラを攻略するにしても、結局やはりキャラによって好き嫌いはあるなあと、当たり前のことを思った。あまり好みに刺さっていないのに、一応「君のことが好きだ」みたいな選択肢を選ぶと、ゲームなのに「あー、本心じゃないのにこんなこと言って、なんだか罪悪感が……」みたいな気分になる。まあ、ゲームだからこそこういう遊びができるわけで、これはこれで面白い。ペルソナはRPGの面したギャルゲーなんだよなあ。

 

すごい疲労感と神経痛。金曜夜は平日の疲労の総決算。頭もあまりちゃんと働いていない。休日に取り戻したい。ていうか、不摂生が圧倒的に駄目。改まらない生活態度。

2017.3.16

木曜日。

 

労働。特段書くべきこともなし。

 

帰りにラーメンチェーン店のつけ麺を食べた。チェーン店はどこで食べても同じ味だが、風情がなくて、ただ必要なだけの食事をこなしている感じ。日々の食事のうち、どれだけの食事が特別で楽しい食事だろうか。毎日毎日食べているが、多くは生命維持のための食事であり、無感動である。

 

楽曲の採譜、コピー。何度も聴き込んで、ソロに合わせてスキャットできるほど気に入っている曲だが、テーマを採譜したことはあっても、ソロをコピーしたことはなかった。かつて演奏したことがあるが、いずれまた演奏会で演奏したいと思う。特別に思い入れのある曲なので、相方と中長期的に仕込んでいきたい。

 

ところで、僕は人の体臭が気になる方なのだが、においのことを明け透けに語ることが一般に忌避されるのはなぜだろうか。においほど直感に訴えるものはないと思うが、あまりにおいのことを口に出すと、社会生活が危ぶまれる。職場で隣の人から出ているにおいが変なにおいでも、それを本人や周囲の人間に言えば、関係が危うくなるだろう。よほどの信頼関係があっても危険な話題だ。

人の体臭にはかなり個性の幅があると思うが、それは良し悪しではなく単なる差である。しかし、もちろん好き嫌いもある。誰かに悪臭と感じられるにおいも、他の誰かにとっては快感を呼び覚ますものかもしれない。たとえそれが加齢臭であっても。蓼食う虫も好き好き。価値に絶対がないということは、救いだと思う。

こんなことを思うのは、好きな人のにおいが、どうしようもないほど好きだからだ。好きだからいいにおいだと感じるのか、あるいはその逆なのか判然としないが、嫌なにおいがする人を好きになるはずもなし。しかし、たとえこれが本当のことであっても、あまり言及すると変態っぽい感じがして憚られる。においの不思議。あの人のにおいは多分、香水40%、体臭30%、髪や衣類30%くらいのような気がする。本人に伝えたら引かれそうなので、言っても大丈夫そうな関係になるまでは黙っていよう。とはいえ、さる有名ブログには「においカミングアウト」なる名コンテンツがあり、あれを読むと、においに興奮したりするのは別に変態ではないよなあと思う。みんな黙っているだけ。

2017.3.15

水曜日。曇り、雨。雪が降るとかいって騒いでいたけど、杞憂だった。

 

労働。変わったことは何もなし。相変わらず退屈なだけ。労働は必要悪だと考えているけど、労働を通じて得た知識が生活の糧になることは認める。だからといって、労働に前向きになるわけでもなし。

 

帰りに本屋へ。ヘアカタログを眺めた。髪型をいじろうかと思っているけど、どんな風にしたいか明確なビジョンはない。いつも床屋のおっちゃんに任せるままにしているので、あまり洒落っ気はない。そもそも床屋だからなあ。とはいえ、今度行くときは何か頼んでみようと思う。おっちゃん自身は洒落たダンディおっちゃんである。

 

先日、ドラム用の消音パッドを通販で買ったのだが、これがアホほど臭くて使い物にならない。消音はできるが、部屋中に悪臭が満ち、それどころではない。某有名インターネット楽器通販(サウンドハウス)の安かろう悪かろうで有名な某ブランド(Zenn)(結局書いてしまった)の商品なので、こんなものを買う方が悪いのだけど、この悔しさと悲しさと残念さである。ただ、このまましまったり捨てたりするのもあれなので、洗うとか干すとかいろいろ試してみようと思う。とりあえず、食器用洗剤で洗って、家の外の直射日光の当たらないところに置いておくことにした。しかし、洗えど洗えど悪臭は落ちず、破壊的な存在感を放ち続けている。もし手を尽くしてもどうにもならなければ、捨てる。そうなれば、久しぶりの通販での失敗となる。

昔の失敗は、テーラードジャケットを三千円だか四千円だかで買って、ぺらっぺらのしょぼい生地とフィットしないサイズ感のがらくたが届いたことだ。絶対に着ないことが確定したので、中古品店に売りに出したら、五百円くらいになった。全く馬鹿げた出来事だった。それ以来、衣料品はネットでは買わないことにした。ネットで買えるのは、どこで買っても品質にブレのない、本やCDくらいのものだ。

 

ブラックホールに関する解説書を読んだ。量子論、相対論も複合されていて、これまで読んできたことが活きていい感じだ。もともと物理学や天文には興味がある。とはいえ、音楽やSFに関することくらいだけど。あるいは、タロットにおける共時性因果律との関連から物理学に興味が向かうのも、自分としては自然なことだと思っている。他人に説明して納得が得られる感じはしないが。